トゥィーディー少佐:(荒っぽくどなる)ロルクズ・ドリフトの戦いだ。
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MAJOR TWEEDY: (Growls gruffly.) Rorke’s Drift! Up, guards, and at them! Mahar shalal hashbaz.
PRIVATE CARR: I’ll do him in
PRIVATE COMPTON: (Waves the crowd back.) Fair play, here. Make a bleeding butcher’s shop of the bugger.
(Massed bands blare Garryowen and God save the King.)
CISSY CAFFREY: They’re going to fight. For me!
CUNTY KATE: The brave and the fair.
BIDDY THE CLAP: Methinks yon sable knight will joust it with the best.
CUNTY KATE: (Blushing deeply.) Nay, madam. The gules doublet and merry saint George for me!
STEPHEN:
The harlot’s cry from street to street
Shall weave Old Ireland’s windingsheet.
トゥィーディー少佐:(荒っぽくどなる)ロルクズ・ドリフトの戦いだ。起て、近衛兵、構え。マヘル・シャラル・ハシュ・バズ。
カー兵卒:たたんじまうぞ。
コンプトン兵卒:(群衆に合図して下がらせる)フェアプレイといこう。肉屋の血祭だ。
(集結した楽隊が『ギャリオーウエン』と『ゴッドセイヴザキング』を高らかに奏する。)
シシー・キャフリー:ふたりが戦うのね、私のために。
あばずれケイト:勇者と麗人。
色町のビディー:ぬばたまの黒騎士無双の技をもていざ槍の一突き浴びせん。
あばずれケイト:(顔を赤らめ)否や。紅の深染めの衣朗らかな聖ジョージこそわが思ふ人。
スティーヴン:
街から街へ客を呼んで歩くあの娼婦の叫びは
老いたアイルランドの経帷子を織る
第15章の終盤。娼館を出たブルーム氏とスティーヴン。スティーヴンが英国兵士の女に声をかけたことから諍いとなる。
このブログの第71回の少しあとの場面。英国人の女はシシー・キャフリーとされていて、それは第13章で浜辺にいたの少もじゃもじゃ髪の少女なのだが、夜の町にいるわけがかいので幻想に属するものと思う。
英国対アイルランドを主題とした引用によるイメージの応酬となっている。
トゥィーディー少佐は、モリーの父親。アイルランド生まれだが英国軍人で王室ダブリン歩兵銃連隊に所属した。彼もこの場にいるはずがなく幻想上の登場になる。少し前にブルーム氏が、アイルランド人も英国軍に所属して戦っているのだと英国兵に反論したことからここに召喚されている。
ロルクズ・ドリフトの戦い(Battle of Rorke's Drift)1879年、英国と南部アフリカのズールー王国との間で戦われたズールー戦争中の戦闘の一つ。トゥィーディーが参加して軍功をあげた。ブログの第87回の場面でブルームの台詞に言及されている。
“Up, Guards, and at them again.” は、英国のナポレオンに対するワーテルローの戦いで、英国のウェリントン公爵(初代ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリー Arthur Wellesley, 1st Duke of Wellington, 1769 - 1852)が言った言葉。しばしば「Up Guards and at 'em.」と誤って引用されている。ウェリントン自身は、後年自分が何を言ったのか正確には覚えていないと述べている。
この箇所の直前のト書で、彼はテンプル騎士団の巡礼戦士の合言葉を発するとある。
・・・He gives the pilgrim warrior’s sign of the knights templars.)
テンプル騎士団は聖地への巡礼者を守るために設立された中世の騎士修道会。秘密結社フリーメイソンのルーツはテンプル騎士団であるとの伝説がある。
「マヘル・シャラル・ハシュ・バズ」“Mahar shalal hashbaz” はテンプル騎士団の秘密の合言葉と考えられる。
この言葉は、旧約聖書イザヤ書第8章に登場する預言者の名前。「分捕りは早く、略奪は速やかに来る」の意味。
8:1ヱホバ我にいひたまひけるは一の大なる牌をとり そのうへに平常の文字にてマヘル シャラル ハシ バズと録せ
8:3 われ預言者の妻にちかづきしとき彼はらみて子をうみければ ヱホバ我にいひたまはく その名をマヘル シャラル ハシ バズと稱へよ
『イザヤ書』
テンプル騎士団の衣装を着たヘンリー・パターソン氏の肖像写真(1888~1889)
File:Henry Peterson in York Rite Knights Templar Masonic uniform, probably between 1888 and 1889 (PORTRAITS 2422).jpg - Wikimedia Commons
なぜ彼が、テンプル騎士団の合言葉を発するのか。ここの場面からかなり遡るが英国王エドワード7世(Edward VII、 Albert Edward、1841 - 1910)の幻が現れている。王は 「マハク マカ― アバク」“Mahak makar a bak.” と謎の言葉を発している。これに呼応してトゥイーディーが合言葉を返しているのと思う。
EDWARD THE SEVENTH: (Slowly, solemnly but indistinctly.) Peace, perfect peace. For identification, bucket in my hand. Cheerio, boys. (He turns to his subjects.) We have come here to witness a clean straight fight and we heartily wish both men the best of good luck. Mahak makar a bak.
エドワード7世の合言葉の意味は検索しても不明なのだが、王はフリーメイソンに加入していたのでその合言葉を模していると考えられる。
英国フリーメイソンのグランド・マスターの衣装を着たウェールズ皇太子時代のエドワード7世
File:Albert Edward, Prince of Wales, as a Free Mason.jpg - Wikimedia Commons
Garryowen_「ギャリオーウェン」は、アイルランド、リメリックの地名で、もともとはダンスのためのアイルランドの曲。後に英連邦軍やアメリカ軍の行進曲としてよく知られるようになる。ここではアイルランドを象徴する曲として鳴らされていると思われる。
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God Save the King「国王陛下万歳」はもちろん英国の事実上の国家。
マシュー・グレゴリー・ルイス
Cunty KateとBiddy the Clap は街の娼婦。
"The brave and the fair" 「勇者と美女」は、イギリスの小説家、劇作家、マシュー・グレゴリー・ルイス(Matthew Gregory Lewis, 1775年 - 1818年)の書いたゴシック小説の代表作「マンク」The Monkに挿入された詩「勇者アロンゾと麗しのイモジン」Alonzo the Brave, and Fair Imogine からと思われる。
スティーヴンの台詞は、英国の詩人、画家、ウィリアム・ブレイク(William Blake, 1757 - 1827)の『無心のまえぶれ』Auguries of Innocenceの一節より。ただし、”England” を "Ireland" に変えている。。
The Whore & Gambler by the State
Licencd build that Nations Fate
The Harlots cry from Street to Street
Shall weave Old Englands winding Sheet
The Winners Shout the Losers Curse
Dance before dead Englands Hearse
娼婦やばくちうちが 国家から
免許されるようでは その国民の前途は知れている
街から街へ客を呼んで歩くあの娼婦の叫びは
老いたイギリスの経かたびらを織る
ばくちに勝ったもののわめき 負けたものの呪いが
死んだイギリスの棺架を前にして踊る
『ブレイク詩集』 寿岳文章 訳 岩波文庫(2013年)
スティーヴンは第2章、デイジー校長との会話中にこの一節を思い浮かべていた。
グラスゴー現代美術館(GoMA)前のウェリントン公爵騎馬像
File:Wellington at the GoMA - geograph.org.uk - 2389489.jpg - Wikimedia Commons
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