微笑め。クランリーの笑みを笑め。
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Smile. Smile Cranly’s smile.
First he tickled her
Then he patted her
Then he passed the female catheter
For he was a medical
Jolly old medi...
微笑め。クランリーの笑みを笑め。
まずは彼女をこちょこちょし
次に彼女をなでなでし
それから女性用カテーテルを受け渡し
なにしろ彼は医学生
おお、愛しの医学・・・
第9章の冒頭部分。スティーヴンは、エグリントンらと国立図書館でシェイクスピアを論じている。
この歌はギフォードの注釈(Ulysses Annotated: Notes for James Joyce's Ulysses. Don Gifford and Robert J. Seidman. University of California Press. 1988)によるとオリバー・セントジョン・ゴガティ(Oliver St. John Gogarty)の戯れ歌 “Song of Medical Dick and Medical Davy” の一部というが、調べる限り(U172.908)の一節
Then outspoke medical Dick
To his comrade medical Davy...
はそのようだが、先の一節は見当たらない。ジョイスの創作だろうか。
この直前で、エグリントンが、スティーヴンが創作を口述筆記させようとしているという6人の医学生がみつかったのか、とからかうので、医学生の戯れ歌を想い浮かべた。
さて初めの行のsmile。名詞か動詞か。・・・やはり動詞ととるべきでしょう。
smileの繰り返し。her, her, catheterが脚韻。
クランリーとは誰か。
スティーヴンのユニヴァーシティー・カレッジ時代の友人のクランリーのことで、この小説『ユリシーズ』に先立つ時代を描く『若い芸術家の肖像』に登場する。クランリーはジョイスの一番の友人だった、ジョン・フランシス・バーン(John Francis Byrne, 1880–1960)をモデルとしている。
なぜここにクランリーが出てくるのかがよくわからない。
『若い芸術家の肖像』のクランリーの登場場面をたどってみた。クランリーは2か所で微笑みを浮かべている。(P331、P.455、丸谷才一訳、集英社文庫、2014年)「ただじっと沈黙して耳をかたむけてくれた」司祭のような微笑み。エグリントンのからかいをクランリーの笑みで受けとめようとしたのではないか。
もうひとつ。伝記的事実として、ジョイスは1902年の終わりごろ、バーンと仲違いした時期に、ゴガティと友人になっている。(『ジェイムズ・ジョイス伝』P.133 リチャード・エルマン、宮田恭子訳、みすず書房、1996年)ゴガティとの結びつきでバーン(クランリー)の微笑みを連想したのかもしれない。
Photograph of Mr. John Francis Byrne ('Cranly'). is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License.
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