Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

74 (U16.582)

バック・マリガンはあっけらかんとあけすけな笑いの仮面を

 

第74投。16ページ、582行目。

 

 Buck Mulligan at once put on a blithe broadly smiling face. He looked at them, his wellshaped mouth open happily, his eyes, from which he had suddenly withdrawn all shrewd sense, blinking with mad gaiety. He moved a doll’s head to and fro, the brims of his Panama hat quivering, and began to chant in a quiet happy foolish voice:

 

 —I’m the queerest young fellow that ever you heard.

My mother’s a jew, my father’s a bird.

With Joseph the joiner I cannot agree.

So here’s to disciples and Calvary.

 

 

 バック・マリガンはあっけらかんとあけすけな笑いの仮面をさっとかぶる。ふたりを見ると、きれいな口をぽかんとあけて、抜け目のなさをにわかに引っ込め狂躁的にまばたきする。木偶の頭をふらふら揺らし、パナマのつばがぶるぶる震え、ちいさく能天気な声で詠唱する。

 

 ―おれってありえないほど変なひと

母はユダヤで父は鳩

大工のヨゼフとは馬が合わない

そんで弟子らとゴルゴタに乾杯

 

 

第1章。住居のマーテロー塔を出発した、スティーヴン、マリガン、ヘインズの一行は、第40回で触れた水浴場フォーティフットへ向かっている。ヘインズが神学の話をしだしたところでマリガンが歌いだす。

 

副詞、形容詞が多用され描写のトーンが変化している。マリガンの様子が腹話術の人形や操り人形の動作になぞらえられているように感じる。

 

マリガンが歌うのは、マリガンのモデルである、ジョイスの友人、オリバー・セント・ジョン・ゴガティ(Oliver St. John Gogarty)の冒涜的な戯れ歌  『陽気な(しかしいささか皮肉な)イエスの唄』 “The Song of the Cheerful (but slightly sarcastic) Jesus” の一節。この小説中では『戯れイエスのバラッド』”The ballad of joking Jesus” とよばれている。(U16.608)

 

1905年、ゴガティは共通の知人であるヴィンセント・コスグレイヴを通じて、当時トリエステに住んでいたジョイスにこの詩を送った。ジョイスはこれを小説に引用した。

(P.234-6 リチャード・エルマン『ジェイムズ・ジョイス伝』 宮田恭子訳、みすず書房、1996年)

 

ブログの第71回の少し前、エドワード7世の幻影もこの唄の一節(第3スタンザ)を歌う。

 

 EDWARD THE SEVENTH: (Levitates over heaps of slain, in the garb and with the halo of Joking Jesus, a white jujube in his phosphorescent face.)

 

 My methods are new and are causing surprise.

To make the blind see I throw dust in their eyes. (U482.4475)

 

バラッド(ballad)とは、物語や寓意のある歌で、武勇伝やロマンス・社会諷刺・政治がテーマとなる。最後は破局がで終わることが多い、という。確かに、イエスの死でおわるこの歌はこのバラッドの形式に合致している。2行づつ脚韻を踏んでいるので、そんな感じで訳してみた。

 

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      ヤン・ファン・エイクー受胎告知(Jan van Eyck - Annunciation)

 

File:Jan van Eyck - Annunciation - WGA7612.jpg - Wikimedia Commons

 

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