Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

46 (U596.1942)

寄食的貧困:1ポンドにつき1/4ペンスを返済可能とする僅少な資産を有する偽装破産者の境遇

第46投。596ページ、1942行目。

 

Mendicancy: that of the fraudulent bankrupt with negligible assets paying 1/4d in the £, sandwichman, distributor of throwaways, nocturnal vagrant, insinuating sycophant, maimed sailor, blind stripling, superannuated bailiff’s man, marfeast, lickplate, spoilsport, pickthank, eccentric public laughingstock seated on bench of public park under discarded perforated umbrella. 

 

寄食的貧困:1ポンドにつき1/4ペンスを返済可能とする僅少な資産を有する偽装破産者の境遇、サンドウィッチマン、瓦楽多ビラ配り、夜間彷徨者、胡麻すりの腰巾着、廃疾の水兵、盲目の若造、老残の執達吏、不速之客、皿ねぶり、掃興鬼、馬屁精、廃棄された穴あき雨傘をさして公園のベンチに腰掛けている奇矯な公衆からの笑われ者。

 

 

第17章は、始めから終わりまで問いと答えの形式により進行する。

 

引き出しを開けたブルーム氏は、銀行預金などの資産をそこ認める。それら資産のおかげでブルーム氏が免れている境遇とは何か、という問いへの答え。

 

答えは、4つの漸次段階的にひどくなる奴隷的境遇を列挙する。

1.Poverty – 貧乏

2.Mendicancy – 寄食的貧困(施しに依存した状態)

3.Destitution – 生活無能力 

4.Nadir of misery – どん底

 

ここはその2つ目にあたる箇所。

 

ブルーム氏は下層中流階層のしがない広告取りだが、彼の脳裏にあるさらに恵まれない人々が列挙される。

 

①fraudulent bankrupt

「詐欺破産」の意。詐欺破産とは、債権者を害する目的で、財産を不正に処分・隠蔽したり、返すつもりのない借金をしたりすることをいう。ここは破産者を装って借金の返済を免れ、かろうじて生活している人のことをいっているのだろう。

 

1/4dとは英国の通貨表示で4分の1ペンスの意。4分の1ペンスの値のファージング(Farthing)硬貨というのがあったので、こういう言い方をしたのだろう。1ポンドは20シリングで、20シリングは240ペンスなので、4分の1ペンスは1ポンドの960分の1になる。

 

②sandwichman

ブルーム氏は第8章でサンドウィッチマンを目撃する(U127.123)。 ウィズダム・ヒーリーの店の広告をしている5人組。シルクハットにH、E、L、Y、’S、の文字がそれぞれ書かれている。ヒーリーは文具店で昔ブルーム氏が雇われていたことがある。

 

③distributor of throwaways

ビラ配り。第8章の冒頭、ブルーム氏は陰気なYMCAの若者からビラをもらった(U124.6)。 伝道師ダウィー博士の説教の催しのビラ。throwawayはビラ、ちらしの意味だが、本日開催の競馬の勝ち馬の名前がスロウアウェイであったことから巻き起こる混乱が、この小説の大事なエピソードなっている。

 

④nocturnal vagrant

夜間彷徨者とはだれか。第16章の冒頭でスティーヴンとブルーム氏が出会ったコーリー卿ことジョン・コーリー氏のことではないか(U504.129)。

 

⑤insinuating sycophant

胡麻すりの腰巾着、筆者の読解では誰のことかわからない。

 

⑥maimed sailor

廃疾の水兵。第10章にでてくる、松葉づえをついた一本足の水兵のこと(U185.228)。

 

⑦blind stripling

盲目の若造。第8章の終わりのほうで、ブルーム氏が道を渡るのを助けた盲目の若者(U148.1075)。

 

⑧superannuated bailiff’s man

老残の執達吏。前回第45回のブログを書く際にこの言葉を知った。ボブ・ドーランの義理の父親、ムーニー氏のことではないか。

 

⑨marfeast, ⑩lickplate, ⑪spoilsport

⑨⑩は調べても意味が分からない。⑪spoilsport は「興ざめな人」とある。おそらく字面からして、この3つは同じような意味で、「その場をぶち壊しにする人」ということと思う。⑨と⑪の訳語は中国語からもってきた。「不速之客」ー招かれざる客、「掃興鬼」ー興ざめな人。原文は英語圏の人でもわからない言葉なのだから。

 

⑫pickthank

ゴマすりの意で⑤と同じ。やはり訳は中国語から持ってくる。「馬屁精」ーおせじのうまい人。⑨~⑫は誰のことか、筆者の読解ではわからない。

 

 ⑬eccentric public laughingstock

奇矯な公からの笑われ者。第8章でブルーム氏とブリーン夫人がやり過ごす、キャッシェル・ボイル・オコナー・フィッツモリス・ティズダル・ファレルと呼ばれる人物のことだろう。彼は片眼鏡に小さな帽子、ダスターコートにステッキと雨傘を持った奇人。(U131.1)

 

訳してみて思うが、日本語はなぜか、罵倒するような、きつい言葉が乏しくて、英語の意味を直訳的になぞると、間延びしてぼんやりした言い回しになってしまう。

 

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サンドウィッチマンと新聞配達人(Sandwich man and News vendor)

1906年に投函されたロンドンの絵ハガキ

"London life - Sandwich man and News vendor" by bDom [+ 6.7 Mio views - + 89 K images/photos] is licensed under CC BY-ND 2.0

 

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